こんにちは。
麹の仲間たちの長谷川です。
麹は味噌や醤油など日本の発酵食品を作るのに欠かせない食材(原材料)です。
麹から日本の発酵食品が生まれ、それにより日本の食文化(和食)が生まれ、今の私たちの食生活が支えられています。
麹のことを知ることで、日本の食文化の理解が深まり、今の私たちの食生活を見直すことにもつながります。
今回の記事では、日本の食文化を支える麹についてわかりやすく解説していきたいと思います。
「麹、発酵食品に興味がある」、「麹のことを学びたい」、「日本の食文化、和食の成り立ちに興味がある」という方はぜひご覧ください。
麹とは何か(和食と麹の関係)
まずは「麹とは何か」を日本の食文化(和食)との関係から見ていきたいと思います。
麹とは、日本の食文化(和食)を支えるもの
日本の食文化(和食)と発酵食品の関係
次に日本の食文化(和食)と発酵食品の関係について見ていきたいと思います。
日本の食文化(和食)は発酵食品に支えられています。
私たちの日常生活と発酵食品
私たちの日常生活も発酵食品に支えられています。
味噌、醤油は麹を使った発酵食品です。
味噌汁は日本の食卓に欠かせない料理であり、その調理方法は具材(野菜)を煮てから味噌を溶かし、味を整えるというシンプルなものです。
この料理は忙しい日々でも手軽に作ることができ、煮込まれた具材は柔らかく、栄養を吸収しやすい状態になります。
味噌汁を通じて野菜を摂取することができるため、栄養補給もしっかりと行うことができます。
醤油は毎日の食卓の「味付け」に欠かせない調味料です。
醤油は液体状のため、納豆、お魚、漬物など様々なものに使いやすく、料理にも取り入れやすいです。
醤油の豊かな香りや旨味が、食事を美味しく、楽しいものにしてくれます。
和食の成り立ちと発酵食品
和食の成り立ちには実は発酵食品が関係しています。
江戸時代には醤油、味噌、酢、みりんなどの発酵食品が出揃い、生産量が増加しました。
これらの発酵食品は料理の調味料として活用され、それにより和食が形成され、和食は庶民の間にも広まっていきました。
濃口醤油と江戸の食文化
江戸時代の前期は江戸(関東)では醤油は生産されていなく、醤油は下り醤油を使っていました。
下り醤油とは大阪や京都など関西地域の醤油のことで、当時は醤油を船で輸送していたため、醤油は高価なものでした。
江戸時代の中期になると江戸の料理に合う濃い味の濃口醤油が関東で開発されて生産されるようになります。
濃口醤油(醤油)は関東で生産されているため輸送コストがかからず、庶民の手にも入りやすいものになっていきました。
濃口醤油は江戸の料理によく合い、安く手に入ることから、握り寿司、蕎麦、天ぷら、鰻の蒲焼きなど江戸の料理に使われるようになり、江戸の食文化は花開いていきました。
※濃口醤油とは現在の醤油の生産量の8割以上を占める醤油の種類です。
みりんが調味料として活用されるようになる
みりんは戦国時代には、調味料としてではなく、珍しい甘いお酒として上層階級の人々の間で飲まれていました。
江戸時代に入るとみりんは一般層にも広がり、下戸(お酒が苦手な人)や女性にも飲まれるようにもなりました。
江戸時代後期になるとみりんは甘味付けの調味料として、鰻の蒲焼きのたれやそばつゆなどに使われるようになっていきました。
粕酢の開発と握り寿司の普及
江戸時代中期になると酢で酸味を付けた「早ずし」が生まれました。
早ずしは「箱ずし(押しずし)」から始まり、江戸時代後期には「握り寿司」に発展していきました。
当時、早ずしの酢には米酢が使われていました。
米酢とは「お米、米麹」を原材料に、お酒を作った後、酢酸発酵(さくさんはっこう)をさせて作る酢のことです。
米酢はお酒を作り、さらにお酒を加工して作ることから、当時は高級品でした。
江戸時代後期になると「握り寿司(早ずしの一種)」が生まれたことで酢の需要が増してきます。
高級品である米酢に代わり、お酒の絞りかすである「酒粕」を原材料に作る「粕酢」が開発されて使われるようになります。
酒粕はお酒を造る際に捨てられる部分であり、粕酢は米酢よりも安価に生産することができました(酒粕はアルコール分を含んでおり、一からお酒を造る手間も省くこともできました)。
またこの粕酢は握り寿司とよく合うことから使われるようになり、握り寿司が庶民にも広がっていくきっかけを作りました。
粕酢は現在のミツカンの創業者である「中野又左衛門」が開発しました。
麹と発酵食品の関係
醤油、味噌、酢、みりん、甘酒、日本酒などの発酵食品は麹から作られています。
ここまでのまとめ
日本の食文化(和食)は発酵食品に支えられ、発酵食品は麹に支えられています。
つまり、日本の食文化(和食)は麹に支えられているということになります。
麹がなければ発酵食品は作ることができず、今のような和食は生まれていなかったと考えられます。
麹とは何か(麹の基礎知識)
「麹とは何か」について具体的に見ていきたいと思います。
麹とは、穀物に麹菌を繁殖させたもの
穀物とはお米、麦、大豆などをいいます。
麹の名前と種類
何の穀物に麹菌を繁殖させるかで麹の名前が変わります。
麹の種類
- お米+麹菌→米麹
- 麦(大麦、裸麦など)+麹菌→麦麹
- 大豆+麹菌→豆麹
- (大豆+小麦)+麹菌→醤油麹
米麹
日本の発酵食品に一番使われているのが米麹です。
米麹は甘酒、味噌、日本酒などの発酵食品を作るときに使われます。
麦麹
主に味噌(麦味噌)を作るときに使われます。
通常、麦味噌は麦麹と大豆、塩を混ぜて発酵させて作りますが、麦麹と塩だけで作る麦味噌というものもあります。
発酵デパートメントで購入して食べましたが、甘味がよく感じられてとても美味しい味噌でした。
豆麹
主に味噌(豆味噌)を作るときに使われます。
醤油麹
醤油麹は醤油を作るときの原材料になります。
塩水の中で醤油麹を発酵・熟成させることで醤油になります。
※醤油に米麹を加えて発酵させたものも「醤油麹」といいます。
麹と糀の違い
麹は中国生まれの漢字で、糀は日本生まれの漢字です。
麹は米麹、麦麹、豆麹を総称した漢字として使われますが、糀は一般的に米麹を表す漢字として使われます。
「糀」は江戸時代にはすでに存在していた
「糀」の漢字は江戸時代の書物や絵画に使われていることから、江戸時代にはすでに存在していたことがわかります。
人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)
1690年(江戸時代)に出版された、全7巻からなる当時の職業事典です。
右上の部分に「糀師」という漢字が見られます。
味噌や、饅頭や等、其外万民これをもちゆ。麴舟(こうじぶね)、薄板(うすいた)あり、これにもり合(あはせ)て室(むろ)に入れて、これを萌(もや)す也。其合(ごう)、弐升のさだめ成(なる)ゆへ、はからずしても、これをかふなる、実(まこと)に律儀のいたりなり。
朝倉治彦(校注者)『人倫訓蒙図彙』株式会社平凡社、1990年6月25日初版第1刷発行 P144
麹を作る人のことを糀師と呼んでいたことがわかります。
麹は味噌屋、饅頭屋などで使われていたことがわかります。
右下の部分に「麹屋」という漢字も見られます。
お店の名前としては糀屋ではなく、麹屋が使われていたことがわかります。
名所江戸百景
歌川広重(初代)が江戸の名所を描いた『名所江戸百景』の中にも「糀町」という漢字が見られるものがあります。
糀町とは現在の麹町のことです。
麹町の地名の由来の一つに、麹製造業が多かったからという説があるようです。
漢字から見る中国の麹と日本の糀の違い
中国の麹は「餅こうじ」と呼ばれ、日本の麹(米麹)は「散(ばら)こうじ」と呼ばれています。
中国のこうじは、麦を粉砕して水を加えて団子状にしたものに「クモノスカビ」を生やして作ります。こうじの状態が団子状のことから「餅こうじ」と呼ばれます。
それに対して日本のこうじは、お米を蒸して一粒一粒に「ニホンコウジカビ(アスペルギルス・オリゼー)」を生やして作ります。こうじの状態が米粒ひとつひとつであり、バラバラになることから「散こうじ」と呼ばれます。
中国の麹が麦編なのは、こうじを作る原料が「麦」であり、日本の糀が米偏なのは、こうじを作る原料が「米」であったためと考えられます。
糀の漢字を分解すると「米」と「花」になる
糀の漢字の成立は江戸時代以前です。
その当時は日本に顕微鏡は存在していないので、お米に繁殖したカビ(麹菌)が微生物であるということはわかっていなかったと思います。
当時の人々はお米にカビが繁殖したこうじを見て、お米に花が咲いているように見えたことから「糀」と名付けたのではないかと考えられています。
当時の人々の創造力の豊かさが伺えます。
米麹はいつの時代からあるの?
奈良時代に編纂された「播磨国風土記(はりまのくにふどき)」には、日本で初めて米麹を使って日本酒を造ったとされる記述があります。
播磨国風土記は、奈良時代の715年頃に編纂された地誌であり、播磨国(現在の兵庫県南西部にあたる地域)の地名の由来や土地の伝承、歴史などをまとめたものです。
「大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れて黴生えき、すなわり酒を醸さしめて、庭酒(にわき)に献りて宴しき」
【現代語訳】「神様にお供えしたご飯が濡れてカビが生えてきたので、それでお酒を作り、神様に献上して酒宴を行った。」
現在のお酒造りは蒸したお米に種麹と呼ばれる麹菌の胞子を振りかけて米麹を作りますが、当時は自然に麹菌が降りてくるのを待ち、米麹を作っていたことがわかります。
麹の意味って?
平安時代の934年頃に作成された漢和辞書である「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)(和名抄、倭名鈔ともいう)」によると麹は「加無太知(カムタチ)」と読まれていました。
カムタチの語源は「カム=カビ」「タチ=立つ」の「カビタチ(カビ立ち)」といわれています。
『カビ立ち』→『カムタチ』『カウタチ』『カウチ』『カウジ』『こうじ』と語源変化したのではないかと考えられています。
カビ=カム?
カムとは「噛む」を指します。かつてのお酒は「口噛み酒」でした。
口噛み酒とはお米を口に含み、咀嚼したものを壺に吐き出して、自然発酵させて作るお酒のことです。
口噛み酒の発酵の仕組みは口で咀嚼することでお米のデンプンが消化酵素のアミラーゼにより糖に分解されます。壺の中に空気中の酵母が入り、酵母が糖を食べてアルコール発酵を起こすというものです。
お酒造りは口噛み酒から始まり、その後、自然界にあるカビを利用して米麹を作り、お酒を作るようになっていきます。
カビはお米のデンプンを糖に分解する消化酵素のアミラーゼと同じ役割を持つことから、「カビ」と「カム(噛む)」を結びつけながら語源変化させていったのではないかと考えられています。
「醸す(かもす)」の語源は「噛む」
日本酒や醤油づくりなどで使われる「醸造」「醸す」という漢字ですが、「噛む」が語源となっているといわれています。
まとめ
麹は発酵食品を作る食材のため、麹自体にスポットライトが当たることは少ないと思います。
しかし、麹がないと発酵食品は作ることができず、私たちの食生活は成り立たないことがわかっていただけたと思います。
今回の記事を通じて、麹を少しでも身近に感じてもらえれば幸いです。
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。
参考文献
- 高橋書店編集部(編者)『素材よろこぶ 調味料の便利帳』株式会社高橋書店 『特別展 和食 公式ガイドブック』朝日新聞社(国立科学博物館で開催された特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」の公式ガイドブック)
- しょうゆの歴史を紐解く(キッコーマン) https://www.kikkoman.co.jp/enjoys/soysaucemuseum/history.html
- 原田信男(編者)『江戸の食文化 和食の発展とその背景』株式会社小学館、2014年8月11日初版第2刷発行
- 森田日出男(編著者)『みりんの知識』株式会社幸書房、2003年11月25日初版第1刷発行
- 「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り」調査報告(国税庁) https://www.nta.go.jp/taxes/sake/koujikin/pdf/0021012-102_01.pdf
- ferment books(ファーメント・ブックス)・おのみさ(編・著)『発酵はおいしい!イラストで読む世界の発酵食品』株式会社パイ インターナショナル、2019年12月21日初版第1刷発行
- 村井裕一郎(著者)『ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵』株式会社あさ出版、2024年1月16日第1刷発行
- 小泉武夫(著者)『醤油・味噌・酢はすごい』中央公論新社、2019年11月25日4版
- 小倉ヒラク(著者)『オッス!食国 美味しいにっぽん』株式会社KADOKAWA、2023年7月19日初版発行
- 変革と挑戦1 江戸前ずしとミツカン粕酢の深い関係とは?(ミツカン) https://www.mizkanholdings.com/ja/group/history/matazaemon/change01/
- 赤野 裕文、「寿司の変遷と酢の力」、日本食生活学会誌、2021 年、31巻、4号、p.201-206 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/31/4/31_201/_article/-char/ja/
- 『こうじ』の由来と『麹』と『糀』の違い(村井裕一郎) https://note.com/ymurai_koji/n/n95d613168e91
- 【今さら聞けない発酵の疑問(5)】麹と糀は同じ意味?(丸ごと小泉武夫 食 マガジン) https://koizumipress.com/archives/23015
- 小倉ヒラク(著者・イラスト)『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』株式会社木楽舎、2017年11月15日第5刷発行
- 小泉武夫(著者)『絵でわかるシリーズ 絵でわかる麹のひみつ』株式会社講談社、2015年2月25日第1刷発行
- 村上英也(編著者)『麹学』公益財団法人日本醸造協会、平成30年4月5日第6版発行
- 朝倉治彦(校注者)『人倫訓蒙図彙』株式会社平凡社、1990年6月25日初版第1刷発行