みなさん、こんにちは!
麹の仲間たちの長谷川です。
今回は「麹菌は呼吸するのか?」について書いていきたいと思います。
麹菌の呼吸について理解すると麹菌の生態についての理解が深まります。
麹菌の生態の理解が深まると麹づくりがより安定して行えるようになります。
「麹菌の呼吸について知りたい」、「麹づくりを安定して行えるようになりたい」という方はぜひ最後までお読みください。
結論
- 麹菌は酸素を利用した呼吸をしている(細胞呼吸)
- 麹菌の成長には酸素が必要
麹菌は酸素を利用した呼吸で生命活動(生命維持、成長する)に必要なエネルギーを獲得しています。
酸素を利用した呼吸はすべての生物が行えるわけではありません。
そのため酸素を利用した呼吸はどんな生物が行うことができるのかを見ていくことで、麹菌が酸素を利用した呼吸を行っているかどうかがわかります。
まずは「麹菌はどんな生物であるか」、「そもそも生物とは何か」というところから見ていきたいと思います。
麹菌は生き物
現在、地球上には名前がついているものだけで190万種もの生物が存在しています。
未発見の種も含めると、もっとたくさんの生物が存在していると考えられます。
麹菌は目に見えない小さな生き物であり、微生物といわれていますが、人間と同じ生物の一員です。
麹菌を含めた微生物は目には見えないだけで地球上にたくさん存在しています。
植物は自分で場所を移動することができませんが、生物の一員です。
麹菌はカビで菌類の仲間
麹菌はいわゆるカビです。
カビは菌類に属しているため、麹菌は菌類の仲間でもあります。
カビはパンに生えたり、お風呂場に生えたり、日常でもよく見かけるものだと思います。
カビは胞子を飛ばして水分と栄養のあるところに着床すると、発芽して菌糸を伸ばしながら成長していく生き物です。
カビというと毒素を作り、人体にとって有害なイメージがあるかと思いますが、麹菌は古くから麹づくりに使われていて、毒素を作ることができないカビであるということがわかっています。
麹菌の生態について深く知りたい方は、カビ、菌類のことを調べてみるのもオススメです。
生物に共通する特徴
地球上には多種多様な生物が存在していますが、どの生物も共通した祖先から進化してきたため、全ての生物は共通した特徴を持っています。
他にもいくつか生物に共通する特徴はあります。
麹菌は生物のため、「すべての生物に共通する特徴」を持っています。
今回は①②について見ていきたいと思います。
【生物に共通する特徴①】生物は細胞からできている
全ての生物は細胞からできています。
細胞とは生物の体を構成する基本単位です。
人間と麹菌は見た目や大きさは全く違いますが、体を構成する最小単位は細胞になります。
細胞は二種類に分けられる
細胞は大きく分けて「真核細胞」と「原核細胞」の二種類に分けられます。
◎真核細胞
真核細胞は原核細胞と比べると複雑な構造をしています。
真核細胞からなる生物を真核生物といいます。
動物(人間)、菌類(麹菌、酵母)、植物などは真核生物になります。
ミトコンドリアは呼吸を行う場所
ミトコンドリアは真核細胞のみに見られる細胞内小器官です。
ミトコンドリアは「呼吸を行う場所」であり、真核生物はミトコンドリアで酸素を利用した呼吸を行っています(呼吸は細胞質基質とミトコンドリアで行われている)。
人間と麹菌は同じ真核生物であり、ミトコンドリアで酸素を利用した呼吸を行っています。
◎原核細胞
原核細胞は真核細胞と比べると単純な構造をしています。
原核細胞からなる生物を原核生物といいます。
細菌類(大腸菌、シアノバクテリア、乳酸菌、納豆菌、酢酸菌)は原核生物になります。
細胞内共生説
原核生物はミトコンドリアを持っていませんが、酸素を利用した呼吸を行う好気性細菌もいます。
真核生物はミトコンドリアで酸素を利用した呼吸を行いますが、ミトコンドリアの祖先は好気性細菌だといわれています。
大昔、原始的な真核生物は好気性細菌を細胞内に取り込み、細胞内で共生していく中で好気性細菌はミトコンドリアになった考えられています。
これを細胞内共生説といいます。
真核生物が現在のように酸素を利用して効率的にエネルギーを作り出させているのは、原核生物のおかげであるといえます。
細胞から見る菌類と細菌類の違い
麹菌、酵母、乳酸菌、納豆菌、酢酸菌は発酵食品を作るのに関係する微生物で、同じ仲間のように思われがちですが、菌類と細菌類は細胞の構造が大きく異なるため、全く別の生物になります。
菌類は真核生物
麹菌と酵母は菌類になり、動物、植物と同じ真核生物になります。
動物(人間)は植物よりも菌類(麹菌)の方が生物学的に近い存在ということがわかっています。
そのため人間と麹菌はわりと近い存在だといえます。
また真核生物は単細胞生物と多細胞生物に分けられます。
人間と麹菌は多細胞生物、酵母は単細胞生物になります。
※単細胞生物:からだがひとつの細胞からなる生物
※多細胞生物:からだが複数の細胞からなる生物
細菌類は原核生物
乳酸菌や納豆菌、酢酸菌などの細菌類は原核生物になります。
原核生物は単細胞生物のみになります。
※酢酸菌:お酢を作るときに働いてくれる微生物
【生物に共通する特徴②】生物はエネルギーを利用する
全ての生物はエネルギーを利用して生命活動を行っています。
生物はエネルギーがないと生命活動を維持することができません。
では生物はどのようにして生命活動に必要なエネルギーを獲得しているのでしょうか。
生物がエネルギーを獲得する方法は「呼吸」「発酵」「光合成」の3つがあります。
※今回は呼吸と発酵について説明していきたいと思います。
呼吸とは
呼吸とは生物が細胞内で酸素を利用して有機物を分解してエネルギーを獲得する方法(手段、プロセス)のことをいいます。
この呼吸は細胞内で行われていることから「細胞呼吸」とも呼ばれています。
普段私たちが行っている「肺呼吸(酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す呼吸)」とは少し意味が異なります。
※今後、呼吸とは細胞呼吸の意味で書いていきます。
真核生物は酸素を利用した呼吸をミトコンドリアで行っています。
麹菌は真核生物であり、呼吸を通じて、生命活動に必要なエネルギーを獲得しています。
私たち人間も呼吸を通じて生命活動に必要なエネルギーを獲得しています。
有機物(グルコース)+酸素→水+二酸化炭素+エネルギー
呼吸の特徴
- 有機物を分解する際に、酸素が使われる(酸素が必要)
- 有機物は最終的に水と二酸化炭素に分解される
麹菌の生育には酸素が必要
麹菌は酸素があるところで生育する好気性生物です。
麹菌は酸素を利用して有機物を水と二酸化炭素に分解する際に、エネルギーを獲得し、そのエネルギーで生命を維持したり、増殖を行っています。
そのため酸素がないところでは呼吸が行えず、生育するエネルギーを獲得することができなくなります。
発酵とは
発酵とは酸素を利用しないで有機物を分解してエネルギーを獲得する方法のことをいいます。
発酵で有名なものに酵母によるアルコール発酵、乳酸菌による乳酸発酵があります。
酵母によるアルコール発酵
酵母はお酒やパンなどを作るときに働いてくれる微生物です。
酵母が行う発酵をアルコール発酵といいます。
酵母は菌類(真核生物)であり、細胞内にミトコンドリアを持つため、酸素があるところでは酸素を利用して呼吸を行いますが、酸素がないところでは酸素を利用しないでアルコール発酵を行い、エネルギーを獲得しています。
有機物(グルコース)→アルコール+二酸化炭素+エネルギー
アルコール発酵の特徴
- 有機物を分解する際に、酸素を利用しない
- 有機物はアルコールと二酸化炭素に分解される
乳酸菌による乳酸発酵
乳酸菌はヨーグルトや漬物などを作るときに働いてくれる微生物です。
乳酸菌が行う発酵を乳酸発酵といいます。
乳酸菌は酸素があるところが苦手な細菌です。
乳酸菌は酸素を利用しない乳酸発酵でエネルギーを獲得しています。
ヨーグルトや漬物の酸味は乳酸によるものです。
有機物(グルコース)→乳酸+エネルギー
乳酸発酵の特徴
- 有機物を分解する際に、酸素を利用しない
- 有機物は乳酸に分解される
麹菌は発酵(アルコール発酵)も行う
麹菌は酸素を利用した呼吸だけでなく、酸素を利用しない発酵(アルコール発酵)も行うということがわかっています。
麹菌のアルコール発酵については下記の本に書かれているので、気になる方は読んでみてください。
- 村上英也(編著)『麹学』日本醸造協会、平成30年4月5日第6版発行
- 一島英治(著者)『ものと人間の文化史 138・麹(こうじ)』2007年7月7日初版第1印発行、財団法人法政大学出版局
私は麹づくりをしているときにアルコール臭がでてきたことが何回かありました。
これはおそらく酸素不足により呼吸が行えなかったため、麹菌がアルコール発酵に切り替えてエネルギーを獲得したため、アルコール臭が出ていたのではないかと考えています。
麹づくりと麹菌の呼吸について
続いては、麹づくりと麹菌の呼吸がどのように関係してくるかを見ていきたいと思います。
麹づくりではお米を蒸し、冷ましたら種麹(麹菌の胞子)を付けて、麹をひとまとまりにして保温と保湿を行います。
麹菌の胞子は栄養分、水分(湿度)、温度、酸素の条件が整うことで発芽し(菌糸を出し)、菌糸の先端部分を伸ばしながら増殖していきます。
麹をひとまとまりにしてから20時間もすると麹菌の増殖に伴い麹が発熱してくるようになり、品温(麹の温度)が急激に上昇してきます。
麹の発熱について
麹の発熱は麹菌の呼吸熱によるものです。
呼吸熱とは呼吸によって発生する熱のことをいい、代謝熱とも呼ばれています。
麹菌は酸素を利用して有機物を分解してエネルギーを獲得しますが、その際に熱も発生しています。
有機物(グルコース)+酸素→水+二酸化炭素+エネルギー+熱
麹づくりでは麹菌の呼吸熱による品温の急上昇をどのように抑えて、コントロールしていくかが重要なポイントになります。
品温の急上昇を抑える方法
麹づくりでは気化熱を利用して品温の急上昇を抑えます。
気化熱とは水分が蒸発する(液体が気体になる)際に、吸収する熱のことをいい、蒸発熱とも呼ばれています。
麹の水分が蒸発すると、麹の熱が奪われ、品温が下がるという仕組みです。
麹の周りの温度は一定に保ちながら、気化熱を利用して品温の急上昇を抑え、品温をコントロールしていきます。
麹を広げて空気と触れる表面積を増やすことで、麹の水分が蒸発しやすい環境を作ることができます。
また湿度が高いと水分は蒸発しにくいので、湿度のことも考えてあげると品温のコントロールがしやすくなります。
身近な気化熱の利用
人間は気化熱を利用して体温を下げることをしています。
気温が高かったり、運動すると体温が上がり汗をかきます。
皮膚の上で汗が蒸発すると体の表面の熱が奪われ、体温が下がるという仕組みです。
人間が汗をかくのは体温を一定に保とうとする体の働きがあるからです。
「お風呂上がりに髪を乾かさないと風邪を引く」ということを聞いたことがあるかと思います。
これも気化熱の作用で水分が蒸発するときに頭皮の熱が奪われるため、体が冷えて、風邪を引きやすくなるというわけです。
夏の風物詩である打ち水も気化熱を利用しています。
打ち水をすることで水分が蒸発するときに地面の熱を奪うため、地面の温度が下がり、気温も下がるという仕組みです。
終わりに
今回の「麹菌は呼吸するのか」について書こうと思ったのは、発芽がうまくいかなかったり、アルコール臭がでてしまうことがあり、「麹づくりにおいて酸素はどの程度必要なのだろう」という疑問が生まれたことがきっかけでした。
麹菌は呼吸することや呼吸熱により品温が上がることなど、麹菌の生態について理解することで麹づくりの際に麹菌の様子がイメージしやすくなり、手を入れるタイミングや、どのような環境を作ればいいのかなどが判断しやすくなり、麹づくりが安定して行えるようになってきたように思います。
麹づくりをしているとたくさんの疑問が出てきますが、麹菌の生態から考えてみることで疑問に対する対応策が出やすくなるのではないかと思い、今回書かせていただきました。
長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
皆さんの麹づくりがより楽しいものになりますように。
参考文献
生物に共通する特徴は高校の生物基礎の内容を中心にして書いています。
- 船登惟希(著者)『宇宙一わかりやすい高校生物(生物基礎)』株式会社学研プラス、2021年7月9日第9印発行
- 本川達雄,鷲谷いづみ(著者)『チャート式シリーズ 新生物基礎』数研出版株式会社、新課程版 第1印 2022年3月1日発行
- NHK高校講座(生物基礎)
https://www.nhk.or.jp/kokokoza/ - 矢口はっぴー
https://note.com/yaguchihappy/
麹菌と菌類の生態について
- 細矢剛(監修)『菌類のふしぎ』TBS
- 中島春紫(著者)『見ながら学習 調べてなっとく ずかん はたらく微生物』株式会社技術評論社、2022年5月21日初版第1印発行
- 北垣浩志(監修)『菌の絵本 こうじ菌』一般社団法人農山漁村文化協会、2018年3月15日第1印発行
麹菌のアルコール発酵について
- 村上英也(編著)『麹学』日本醸造協会、平成30年4月5日第6版発行
- 一島英治(著者)『ものと人間の文化史 138・麹(こうじ)』2007年7月7日初版第1印発行、財団法人法政大学出版局
- 「雜報」、日本釀造協會雜誌、1932年、27巻、7号、70-71
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/27/7/27_7_70/_pdf/-char/ja
麹菌の呼吸について
- 布川弥太郎、「製麹」、醸協(日本釀造協會雜誌)、1968 年、63巻、4号、p. 422-429
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/63/4/63_4_422/_pdf/-char/ja - 小泉武夫(編著)『発酵食品学』株式会社講談社、2013年6月10日第3印発行
- 中島春紫(著者)『日本の伝統 発酵の科学』株式会社講談社、2019年8月5日第5印発行
- 黒沼真由美(著者)『マンガで読む 発行の世界』株式会社緑書房、2020年2月20日第1印発行
- 農山漁村文化協会(編)『地域食材大百科 第10巻』
- 手作業による伝統的麹造り【小林酒造取材記】(鍵や)
https://www.sake-kagiya.com/blog/create/5297/ - 早出 昭雄、「味噌用米麹製造の基本」、醸協(日本醸造協会誌)、1996年、91巻、3号、p.156-166
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/91/3/91_3_156/_pdf/-char/ja