皆さん、こんにちは。
麹の仲間たちの長谷川です。
「発酵とは何か?」
この問いは、発酵の基本でありながら、とても深い言葉でもあります。
発酵の基本となる考え方を理解することで、発酵の世界に対する見方がより深く面白くなり、楽しめるようになります
日本には塩麹、甘酒、味噌、醤油、米酢、本みりん、日本酒、焼酎、納豆、漬物(ぬか漬け・たくあん漬け)など、発酵食品がとても身近な存在としてあります。
「発酵とは何か」をあらためて知り、身近な発酵食品を見つめ直してみることで、発酵という現象の不思議さや、微生物のすごさ、そして微生物と人間との関係について考えるきっかけにもなると思います。
わかりやすく整理して書いていますので、すでに発酵について知っている方も、おさらいのつもりで読んでみてください。
きっと、新たな発見や気づきがあるはずです。
発酵と腐敗の違い
発酵とは、「人間にとって有益な微生物の働き」のことをいいます。
微生物は、炭水化物(糖質)やタンパク質といった有機物を、そのままの形では大きすぎて体内に取り込むことができません。そのため、体外に酵素(大きなものを小さなものに分解するハサミのようなもの)を分泌して小さな分子に分解し、その分解された栄養を体内に取り込んでいます。
人間は消化酵素を体内で分泌し、食べ物を小さく分解してから小腸で吸収しますが、微生物は、大きな分子をそのまま体内に取り込むことができないため、体の外で分解してから栄養として取り込むという方法をとっています。
人間はからだの中で分解を行いますが、微生物はからだの外で分解して小さくなってものを取り込んでいるので、イメージとしては唾液を外に吐いて、分解して(溶かして)から取り込んでいるといった感じでしょうか。
米麹を作る際に使われる麹菌は、お米の上で、お米のデンプンを分解するアミラーゼ、タンパク質を分解するプロテアーゼなどの酵素を体外に分泌します。これらの酵素によって、デンプンはブドウ糖(単糖類)に、タンパク質はアミノ酸に分解され、麹菌はそれらの小さな分子を栄養として取り込んでいます。その結果、米麹には酵素が蓄積することになり、いろいろな発酵食品作りが行えるわけです。
納豆を作る際に使われる納豆菌も、麹菌と同様に体外へ酵素を分泌し、分解された小さな分子を栄養として取り込んでいます。
ヨーグルトを作るのに使われる乳酸菌は、牛乳に含まれる糖質である乳糖を体内に取り込み、分解・代謝することで乳酸(酸味成分)を生み出します。タンパク質については菌体外にタンパク質を分解するプロテアーゼを分泌し、分解して小さな分子にしてから栄養として体内に取り込んでいます。
ヨーグルトを作るのに使われる乳酸菌すべてがタンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)を持っているわけではなく、プロテアーゼを分泌することができる乳酸菌の近くで一緒に生命活動を送ることで、分解されたペプチドやアミノ酸の恩恵をもらいながら生活していたりもします。
微生物は、取り込んだ有機物(栄養)を利用して代謝(生体内の化学反応)を行い、エネルギーを得ることで生命を維持し、増殖しています。微生物も人間と同じように、食べ物(有機物)からエネルギーを作り出しながら生きています。
体外での酵素による分解によって「分解産物」が生まれ、体内での代謝によって「代謝産物」が生み出されます。
これは、人間が食事(有機物を体内に取り入れる)によってエネルギーを得て、その結果として汗や尿、便、息などの排泄物を体外に出しているのと同じように、微生物もまた、生きるための生命活動を行っています。
微生物の働きによって新たに生まれた物質(分解産物や代謝産物)が、人間にとって有益に働く場合、それを「発酵」と呼んでいます。
発酵によって、食べ物の香りや味が良くなったり、保存性が高まったり、栄養価が向上したり、消化吸収しやすくなったりします。
一方、腐敗とは、「人間にとって有害な微生物の働き」のことをいいます。
微生物の代謝によって新たに生まれた物質(分解産物や代謝産物)が、人間にとって有害に働く場合、それを「腐敗」と呼びます。
腐敗が進むと、不快な臭いが生じたり、美味しくなくなったりします。場合によってはお腹を壊したり、食中毒を引き起こすなど、健康に悪影響を及ぼすこともあります。

ヨーグルト
牛乳のフタを開けたまま常温に放置しておくと、空気中に存在するさまざまな微生物(カビや細菌など)が入り込み、牛乳の中で増殖します。
このとき、腐敗菌が入り込み、増殖すると腐敗が進み、不快な匂いが生じたり、飲むとお腹を下す原因になることもあります。
一方で、牛乳の中で乳酸菌が増殖すると、酸味のある美味しいヨーグルトになり、栄養価、保存性も高まります。
フタを開けたまま常温に放置した牛乳の中には、さまざまな微生物が入り込み、増殖している可能性が高く、どのような微生物が混入しているのかも分かりません。
たとえ味が「美味しくなったように感じた」としても、それは飲むのはやめましょう。
ヨーグルト作りは、乳酸菌のみを牛乳に加え、温度を適切に管理することで、乳酸菌のみを増殖させて安全に発酵を進めていきます。
乳酸菌は何をしているの?(発酵の仕組み)
乳酸菌は、牛乳に含まれている糖質である乳糖(ラクトース)を体内に取り込み、代謝することで乳酸を生み出します。生じた乳酸は体外へ排出され、ヨーグルトの酸味のもとになります。乳酸が増えるほど、酸味は強くなっていきます。
牛乳に含まれるタンパク質であるカゼインは、乳酸によって固まり、トロトロとした状態になります。これが、ヨーグルト特有の食感です。
さらに、乳酸によってヨーグルトの中が酸性になることで他の微生物が増えにくくなり、保存性が高まります。
また、乳酸菌の代謝(乳糖などの栄養を酵素で分解する働き)によって、消化吸収しやすい状態にもなっています。

納豆
煮た大豆を常温に放置しておくと、空気中に存在するさまざまな微生物が入り込み、大豆の中で増殖します。
このとき、腐敗菌が入り込み、増殖すると腐敗が進み、不快な匂いが生じたり、食べるとお腹を下す原因になることもあります。
一方で、煮た大豆の中で納豆菌が増殖すると、旨味とネバネバ成分が生まれ、納豆になります。
納豆菌は何をしているの?(発酵の仕組み)
納豆菌は、煮大豆の上で体外にタンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)、炭水化物(糖質)を分解する酵素(アミラーゼ)を出し、分解によって生じたアミノ酸や糖を栄養にしながら増殖しています。納豆の旨味はタンパク質が分解されたアミノ酸によるものです。
納豆菌が体外に分泌するプロテアーゼ(酵素)のお陰で大豆のタンパク質は細かく分解され、人間のからだに吸収しやすいペプチド、アミノ酸の形になります。納豆の消化吸収が良いのはそのためです。
納豆菌が自分自身の生命活動のために行っていることが、結果として人間の消化吸収の助けになっています。
納豆菌からすれば、おれたちのお陰で、人間は健康に暮らせていると思われても仕方ないですね(微生物には意志はありませんが)。
納豆菌が体外に分泌する酵素の一つに、「ナットウキナーゼ」と呼ばれるものがあります。この酵素は、人間の体内では血液中の血栓を分解する働き(血液をサラサラにする作用)があることでも知られています。
そのため、納豆は夜に食べるのがオススメとされています。
納豆菌が作り出すビタミンの中には、カルシウムの吸収を助けるビタミンK2や、皮膚や髪、爪を健康に保つ働きをするビタミンB2などがあります。
納豆のネバネバの正体とは?
納豆のネバネバの正体は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸が多数つながった「ポリ‐γ‐グルタミン酸」と、フルクトース(果糖)が多数つながった多糖類であるフルクタンの一種「レバン」という物質です。
納豆菌は、ウイルスなどの外敵から身を守るため、また仲間とはぐれないため、そして食料がなくなったときの備蓄(非常食)として、このネバネバ成分を作り出しています。
ネバネバは納豆菌自身が生き延びるための「生存戦略」なのです。

発酵と腐敗は、微生物の視点で見れば同じこと
発酵と腐敗は、微生物の視点で見れば同じことです(同じ現象)。
人間の視点から見ると、発酵は良いもの、腐敗は悪いもの、というイメージがあると思います。
しかし、それはあくまで人間の立場から見た、微生物の働きによる区別です。微生物の視点に立ってみると、そこに発酵と腐敗という区別はありません。
食べ物に付着した微生物は、ただ生きるために、そして増殖するために生命活動を行っているだけです。「人間の役に立とう」「これは発酵、これは腐敗にしよう」と、人間にとって有益か有害かを考えて行動しているわけではありません。
微生物は、目の前にある食べものを分解し、代謝を行い、その結果としてさまざまな物質を生み出します。その生命活動の結果が、人間にとって役に立つものであれば「発酵」と呼ばれ、そうでなければ「腐敗」と呼ばれるのです。つまり、微生物にとっては、発酵も腐敗も同じ生命活動であり、ただ生きるための代謝にすぎません。
例えば乳酸菌は、糖を分解するプロセスで乳酸を生み出します。その結果、食品は酸性に傾き、保存性が高まり、独特の酸味が生まれます。
しかし、乳酸菌が乳酸を出しているのは、人間のためではありません。乳酸はあくまで、乳酸菌が生きるための代謝プロセスの中で生じた産物にすぎません。
その働きを、人間が「保存に役立つ」「おいしい」と感じ、ありがたく利用しているだけなのです。
乳酸菌はただ、自分が生きるための生命活動を行っているにすぎません。
腐敗に関しても、微生物は、人間に悪さをしようとして毒を出したり、くさい臭いを発しているわけではありません。
微生物にとっては、発酵も腐敗も同じ「生命活動」、つまり生きるための代謝にすぎません。
その結果をどう受け取り、どう評価し、どう利用するのかは、すべて人間の判断なのです。

発酵と腐敗の境界線は、実はあいまい
発酵と腐敗は、「どちらも微生物が食品に関与するという点では同じですが、その働きが人間にとって有益かどうかによって、発酵か腐敗かが分けられる」ということをお伝えしてきました。
そしてこの「有益かどうか」という判断は、長い時間をかけて、その土地の歴史や文化、人々の食経験が積み重なり、「これは私たちの暮らしに必要なもの」「安心して美味しく食べられるものだ」などと認められてきたものです。
有益であるという価値は、単に美味しいかどうかだけではありません。
保存性が高まること、安全に食べられてきたこと、簡単に作れること、消化が良くなることなど、その土地や暮らしによって重視されてきた指標はさまざまです。
そのため、発酵食品とは、土地ごとの人々によって複合的な理由から有益とされ、食べ続けられてきた食品だといえます。
しかし、発酵食品として認められているものであっても、人(個人)によっては「腐敗している」「食べられない」と感じられるものもあります。特に郷土色の強いローカルな発酵食品ほど、その傾向は強く、発酵と腐敗の間に、誰にとっても当てはまる明確な基準を引くことはできません。
逆に言えば、それほど発酵食品は多様であり、地域ごとの歴史や文化、人々の暮らしの中で育まれてきた存在だともいえるのかもしれません。
国や文化による違い
日本人にとって身近な発酵食品のひとつに、納豆があります。
食卓に当たり前のように並び、小さい頃から食べて育った人も多いと思います。
納豆の歴史は古く、室町時代にはすでに存在していたといわれ、日本の食文化に深く根付いています。
実は納豆は、日本だけでなく、中国や東南アジア、アフリカなどにも存在する発酵食品です。
納豆を食べ慣れている日本人であれば、海外で納豆に似た食品を見つけたとき(例えば、納豆に似た臭いがするもの、豆類がネバネバしているものなど)、「納豆と同じような発酵食品かもしれない」と気付き、発酵したおいしい食べ物として受け入れやすいかもしれません。
一方で、小さい頃から納豆を食べる習慣のない文化圏の人が初めて納豆を見ると、糸を引く見た目や独特のにおいから、「腐っている食べ物ではないか」と感じてしまうこともあります。
このように、香りや味、見た目の感じ方は、国や文化の違い、そして幼少期からの食経験、いわば「食べ慣れ」によって大きく左右されます。
そのため、発酵と腐敗を分ける解釈の境界線(ボーダーライン)は、科学的な基準だけで明確に線引きできるものではなく、国や文化、食経験によって受け取り方が変わる、非常にあいまいなものであるといえます。
日本の中でも分かれる、発酵と腐敗の境界線
日本においても、発酵か腐敗かの判断が分かれやすい発酵食品があります。
独特のにおいをもつ郷土色の強いローカルな発酵食品である「くさや」や「鮒寿司」などが、その代表例です。
その地域に住んでいる人や、食文化に詳しい人にとっては、これらは長い年月にわたり食べ継がれてきた、安全性のある発酵食品であること。また、美味しく食べる方法も知っているでしょう。
一方で、初めて食べる人や、発酵食品だと知らずに口にした人の中には、「腐っているのではないか」と感じる人も少なくありません。
発酵食品をどのように受け取るかは、「なぜそれが食べられてきたのか」「どのような背景で生まれたのか」といった、地域の歴史や文化を知っているかどうか、つまり「知識」によっても大きく変わります。
発酵食品であると理解していれば、危険なものだと感じにくくなり、その先は「自分の味覚に合うかどうか」という、個人の嗜好の問題になります。
もちろん、発酵食品だとわかっていても、どうしても受け入れられない人もいると思います。
個人差という視点
発酵か腐敗かの感じ方は、国や文化だけでなく、個人の味覚や感覚の違いによっても左右されます。
ぬか漬けは、江戸時代から続く日本の伝統的な発酵食品です。
しかし、各家庭でぬか漬けを作る文化は次第に少なくなり、現代ではぬか漬けを食べる機会自体が減ってきています。
ぬか漬けは独特の香りや味をもち、発酵の進み具合によっても風味が大きく変わります。
ぬか漬けを食べて育った世代にとっては「美味しいもの」と自然に受け入れられているものでも、現代の若い世代がその味を美味しいと感じるかどうかは、何度か食べて慣れていくという経験が必要な場合もあると思います。
このように、その人がこれまでに積み重ねてきた食経験や価値観によって、発酵と感じるか、腐敗と感じるかは変わってきます。
そう考えると、発酵と腐敗の受け取り方には、世代間の違いが生まれることも理解できます。
また、激辛好きや珍味好きな人がいるように、食の感じ方には大きな個人差があります
同じ食品であっても、ある人にとっては「発酵した美味しさ」と感じられ、別の人にとっては「腐敗した不快なもの」と感じられることがあります。
ただし、誰もが不快に感じ、実際に体調を崩してしまうようなものは、当然ながら腐敗にあたります。
カビが生えたみかんやお餅などは、個人の解釈に関わらず食べないようにしましょう。

発酵食品には食経験による安全性がある
発酵食品の中には、見た目やにおい、味が合わず、人によっては受け入れにくいと感じるものもあります。
しかし、発酵食品と呼ばれるものには、その国や地域の中で、長い年月にわたって食べ続けられてきた歴史や文化的背景があります。人々が繰り返し口にしてきたという「食経験」の積み重ねによって、安全性が確かめられ、受け継がれてきました。
においが強いものや独特な風味をもつものにも、「なぜ生まれたのか」「なぜ食べ続けられてきたのか」という理由や背景があります。
そうした背景を知ることで、これまで苦手だと感じていた見た目やにおい、味に対する受け取り方が変わり、食べられるようになることもあるかもしれません。
その結果、食べられるものの幅が少しずつ広がり、一人ひとりの中での「発酵」の捉え方も、より豊かに広がっていくのではないかと思います。
臭い発酵食品「くさや」
くさやとは、伊豆諸島で作られている魚の干物の一種で、強烈なにおいが特徴的な発酵食品です。
くさやは、長年くり返し使われてきた「くさや汁(くさや液)」に魚を漬け込み、その後、水洗いをして天日乾燥または通風乾燥させて作られます。このくさや汁には、長い年月をかけて独自の微生物環境が形成されています。
伊豆諸島では江戸時代、塩が年貢として幕府に納められていたため、塩を無駄に使うことができませんでした。そのため、干物を作る際に同じ塩水を何度も繰り返し使う工夫が生まれました。
その結果、魚の成分が塩水に溶け出し、微生物の働きによって発酵が進み、現在の「くさや汁」が形づくられていったとされています。
「とれた魚を保存しなければならない。しかし塩は貴重で無駄にできない。」
こうした生活上の制約から生まれた、まさに人々の知恵の結晶がくさやでした。
くさやには、一般的な干物と比べて腐敗しにくく、日持ちが良いという特徴があります。
くさや汁からは、抗菌物質を産出する「コリネバクテリウム(corynebacterium)属」の細菌が多く確認されており、そのことから腐りにくい状態が保たれていると考えられています。
くさやの強烈なにおいから、「腐っているのではないか(食べて大丈夫?)」と感じる人も少なくありません。
しかし、『参考文献:藤井 建夫(著者)「発酵と腐敗を分けるもの ―くさや,塩辛,ふなずしについて―」日本醸造協会誌 2011年106巻4 号 p.174-182』によると、くさや汁中からは、大腸菌やサルモネラなどの食中毒を引き起こす細菌は検出されていないことも報告されています。
くさやは長い年月にわたり地域の人々に食べ続けられてきた発酵食品であり、その食経験の積み重ねによって安全性が確認されてきました。
くさやは、人々の暮らしの知恵と、目に見えない微生物の働きの不思議さを今に伝える、日本独自のローカル発酵文化のひとつです。
また、「においが強烈=人間にとって有害な微生物が増殖している」わけではないということもくさやからわかることであり、発酵の面白さを感じさせてくれます。

発酵は、私たち人間の腸内でも起きている
発酵というと、甘酒や味噌、ヨーグルトなどの発酵食品を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし実は、発酵は私たちのからだの中、腸内でも日々行われています。
人間の腸内(小腸・大腸)には、1000種類、100兆個もの細菌(腸内細菌)が生息しており、その重さは約1.5kgにもなるといわれています。そして、そのほとんどは大腸に存在しています。
これらの腸内細菌の多様性とバランスが保たれている状態が、いわゆる「腸内環境が整っている状態」であり、私たちの健康に深く関わっています。

腸内細菌は、私たちが食べたものをエサにして生命活動を送っています。
食物繊維や難消化性デンプン、オリゴ糖など、人の消化酵素では分解できない成分を腸内細菌が分解し、その過程でエネルギーを作り出し、最終的に短鎖脂肪酸(酢酸・酪酸・プロピオン酸など)を生み出します。
短鎖脂肪酸は大腸のエネルギー源となるだけでなく、悪玉菌の増殖を抑えたり、免疫機能を調節したりする働きがあるとされています。
また、腸内細菌の中には、ビタミンを合成する能力をもつものも存在します。
ビタミンB群(ビタミンB1、B2、ナイアシン、パントテン酸、ビタミンB6、ビオチン、葉酸、ビタミンB12)やビタミンKなどを腸内で作り出しています。
このように腸内細菌は、私たちが食べたものをエサにして菌体内で分解し、人間にとって有益な物質を生み出しています。つまり、腸内でも「発酵」が行われている、ということになります。
一方で、ジャンクフードや肉類に偏った高脂肪の食生活、偏食が続くと悪玉菌が増殖しやすくなります。腸内の短鎖脂肪酸濃度も低下し、腸内環境は乱れやすくなります。その結果、便秘や下痢、肌荒れ、ガスの強いニオイなどの不調が現われやすくなります。
腸内では常に、「発酵」と「腐敗」の両方が起きています。
そして、そのどちらに傾くかは、私たちが日々何を食べているかによって大きく左右されます。
日々の食事は、腸内細菌のバランスを決め、腸内環境をつくり、それが私たちの健康へとつながっていきます。
発酵という微生物の生命活動に支えられて、私たち人間は日々、生命を維持し、健康に生きることができています。

微生物は自然界の循環を支える「分解者」
発酵か腐敗かという区別は、人間にとって有益かどうかという、人間の視点によって決められています。
しかし、微生物の視点で見れば、そこに発酵と腐敗の違いはありません。微生物はただ、生きるために、増殖するために、生命活動を行っているだけです。
では、自然界の視点で微生物の働きを見てみると、どうでしょうか。
自然界において、微生物は「分解者」として位置づけられています。
微生物は、動物の死骸や排泄物、倒木や落ち葉などの有機物を分解し、その過程で有機物に含まれていた成分を、植物が利用できる無機物(無機塩類:一般にミネラルと呼ばれるもの)として土壌中に供給します。
その土壌から栄養を得て成長するのが、自然界の生産者である植物です。
このように、自然界の物質循環は行われています。
いちごやみかんが腐っていくことも、自然界では同じ「分解」の働きです。
それは人間の視点では「腐敗」と呼ばれますが、腐るからこそ、自然の循環は成り立っているとも言えます。
人間は自然界の中では「消費者」に位置づけられます。
私たちは生態系の一員であり、自然界なしには生きていくことはできません。
人間が生きていくためには、分解者や生産者の存在が不可欠です。
そのような視点で微生物の働きを見ると、それは単なる「腐敗」ではなく、自然を支える営みとしての「発酵」と捉えることもできるのかもしれません。

最後に
私たちの食生活や暮らし、健康は、目に見えない微生物の働きによって支えられています。
その恩恵を受けていることに気づいたとき、世界はきっと、これまでよりも広く感じられるようになると思います。
ただ、日常生活の中で微生物とのつながりを実感するのは、なかなか難しいかもしれません。
もし今回のブログをきっかけに、発酵に少しでも興味を持ってもらえたなら、ぜひ「発酵食品を買ってみる」「作ってみる」など、発酵食品を身近に感じる行動をしてみてください。
そうすることで、人間と微生物の関係に自然と意識が向き、腸内細菌や常在菌といった、私たちのからだの中の微生物の存在も、感覚的に理解しやすくなっていくと思います。
人間も微生物も、生態系の一員として生きる、同じ「生物」です。
目に見えない微生物の世界とのつながりを身近に感じられるようになると、生物多様性や生態系、自然界の循環、地球環境といった、より広い世界にも、自然と興味が向いていくと思います。
食卓にある味噌や醤油を入り口に、微生物と人間の関係、そして広い世界を見渡すきっかけになれば、日々の暮らしや人生の見え方も、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
参考文献
●小倉ヒラク(著者・イラスト)『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』株式会社木楽舎、2017年11月15日第5刷発行
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発酵と腐敗の違いや、くさやについて
●村井裕一郎(著者)『ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵』株式会社あさ出版、2024年1月16日第1刷発行
●農林水産省「「発酵」の不思議(aff(あふ)2022年11月号)」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2211/spe1_01.html
●「なかじの【麹づくりと発酵しごと】」(チャンネル名)「発酵と腐敗の違いは?」(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=z3Gi19Hz-P8
●「🦠なかじ|麹と発酵の周辺を旅する|近著〈麹づくりと発酵しごと〉」(アカウント名)(Xのポスト)
https://x.com/nakaji_minami/status/1922526885998952791
<納豆菌についての参考文献>
●木村啓太朗(監修)『菌の絵本 なっとう菌』一般社団法人 農村漁村文化協会、2018年2月25日第1刷発行
●渡辺杉夫(編)『つくってあそぼう[2]なっとうの絵本』一般社団法人 農村漁村文化協会、2004年5月10日第1刷発行
●鈴木智順(監修者)『見ながら学習 調べてなっとく ずかん 細菌』株式会社 技術評論社、2016年9月10日初版第1刷発行
●全国納豆協同組合連合会(総監修)『調べる学習百科 納豆の本』株式会社 岩崎書店(発行所)、2020年10月31日第1印発行
●東京農業大学応用生物科学部醸造科学科(編者)『みんなが知りたいシリーズ⑫ 発酵・醸造の疑問50』株式会社 成山堂書店(発行所)、2019年6月28日初版発行
●高野秀行(作者)『世界の納豆をめぐる探検』株式会社 福音館書店
<乳酸菌についての参考文献>
●日本乳酸菌学会(編者)『みんなが知りたいシリーズ⑭ 乳酸菌の疑問50』株式会社 成山堂書店(発行所)、2020年6月28日初版発行
●佐々木泰子(監修)『菌の絵本 にゅうさん菌』一般社団法人 農村漁村文化協会、2018年12月25日第1刷発行
<くさやについての参考文献>
●藤井 建夫(著者)「発酵と腐敗を分けるもの ―くさや,塩辛,ふなずしについて―」日本醸造協会誌 2011年106巻4 号 p.174-182
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/106/4/106_174/_article/-char/ja
●NHK、小雪と発酵おばあちゃん(番組名)『伊豆諸島 新島 「くさや」』
<分解者についての参考文献>
●細矢剛(監修)『みんなが知りたい!不思議な「カビ」のすべて 身近な微生物のヒミツがわかる』株式会社メイツユニバーサルコンテンツ、2024年12月20日第1版・第1刷発行
●白水貴(著者)『奇妙な菌類 ミクロ世界の生存戦略』NHK出版、2021年7月20日第2刷発行

