微生物とは、人の目には見えない小さな生き物のことをいいます。
空気中にも、土や海の中にも、そして私たちの皮膚の表面や腸の中にも存在しています。
私たちは日々、目に見えない微生物に囲まれ、ともに生きています。
けれども、微生物は目に見えず、触れてもその存在を直接感じることはできません。
そのため、私たちの暮らしと微生物がどのように関わり、どのようにつながっているのかを意識する機会は、なかなかないと思います。
「人間と微生物に共通するものは何か?」
「微生物はどこにいて、何をしているのか?」
「発酵食品の中で働く微生物たちは、どのように生きているのか?」
この記事では、目に見えない微生物の存在に目を向けることで、微生物が私たちの暮らしと深く関わりながら、私たちと同じようにこの地球で共に生きていることを、少しでも感じていただけたらと思っています。
小さな世界に目を向ける視点が、私たち自身の生き方や、世界の見え方を見つめ直すきっかけになれば嬉しく思います。
生命の始まりは微生物
人間と微生物は、大きさも形も見た目もまったく異なります。
そのため、同じ生物の一員だと実感することは、なかなか難しいかもしれません。
しかし、人間の祖先をさかのぼっていくと、生命の始まりである微生物にたどり着きます。
私たち人間は、微生物から進化してきたのです。
その進化の歴史を見ていきましょう。
約46億年前 地球の誕生
太陽は地球より前に誕生しました。
太陽の周りにある岩石や金属のかけらが衝突と合体をくり返しながら、惑星になる途中段階である微惑星ができました。
そして、微惑星はさらに衝突と合体をくり返し、原始の地球が形成されました。
原始地球が形成された後も、隕石や微惑星の衝突は続きました。
その衝突エネルギーによって地球は非常に高温となり、表面は溶けた岩石に覆われていました。この状態を「マグマオーシャン」と呼びます。
また、水を含む隕石や微惑星によってもたらされた水は、高温のため大気中で水蒸気として存在していました。
その後、地球が冷えると、その水蒸気が冷やされて雨となって降り続き、やがて海が形成されたと考えられています。

約40億年前 生命の誕生
地球上に最初に誕生した生命は、原核細胞からなる原核生物であったと考えられています。
原核細胞とは、核膜に包まれた核を持たないシンプルな構造の細胞です。
原核生物は一つの細胞から成る単細胞生物です。
一方、人間は真核細胞からなる真核生物であり、多細胞生物です。
真核細胞とは、「核膜」に囲まれた核を持ち、ミトコンドリアや小胞体などの細胞小器官(オルガネラ)を備えた、複雑な構造の細胞です。
※細胞の基本的な構造は、原核細胞(シンプル)と真核細胞(複雑)の2種類に分けられています。
当時の地球には、ほとんど酸素が存在していませんでした。
そのため、最初に誕生した生命は酸素を使わずにエネルギーを獲得できる嫌気性の微生物であったと考えられています。
人間は酸素を使ってエネルギーを生み出す「呼吸(細胞呼吸)」を行っています。
そのため、酸素がない環境では生きることができません。
もし当時の地球に私たちがタイムスリップしたとしても、すぐに死んでしまうでしょう。

細菌と古細菌のグループの誕生
地球上に最初に誕生した生命は、その後、多様化していきました。
生命の起源である、生物の共通の祖先から、細菌(真正細菌、バクテリア)と古細菌(アーキア)のグループに分かれていった考えられています。どちらも核を持たない原核生物です。
細菌とは、現在で言うと乳酸菌や大腸菌などが含まれるグループのことです。
細菌と古細菌が分かれた当時に、現在と同じ乳酸菌や大腸菌がすでに存在していたかどうかはわかりません。しかし、その祖先にあたる細菌はすでに存在していたと考えられています。
古細菌の中には、高塩濃度の環境を好む高度好塩菌や、高温環境で生きる超好熱菌など、過酷な環境でも生息する微生物がいます。

約30億年前 シアノバクテリアの誕生
約30億年前、シアノバクテリアと呼ばれる単細胞の細菌が誕生しました。
シアノバクテリアは、太陽のエネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物を合成し、その過程で酸素を放出する「光合成」を行います。これは現在の植物と同じ仕組みの光合成です。
当時の地球にはほとんど酸素がなく、多くの生物は酸素を必要としない嫌気性の原核生物でした。
しかし、シアノバクテリアが長い時間をかけて酸素を放出し続けたことで、海や大気中には徐々に酸素が増えていきました。
そのため、酸素のない環境でしか生きられない多くの嫌気性生物は生存が難しくなりました。
多くの嫌気性生物は死滅していき、酸素の少ない環境(地中深くや海底など)に生息するものが生き残りました。
一方で、酸素を利用して効率よくエネルギーを得ることができる「好気性」の原核生物が現れました。

約21億年前 真核生物の誕生
シアノバクテリアの光合成によって地球上の酸素が増えていくと、生物は酸素のある環境に適応しなければならなくなりました。
酸素を利用して効率よくエネルギーを得ることができる好気性の原核生物が出現する一方で、酸素をうまく利用できない生物にとっては、生きづらい環境になっていきました。
そのような中、嫌気性の古細菌が、酸素を利用できる好気性の細菌を細胞内に取り込み、共生するようになったと考えられています。
取り込まれた好気性の細菌は細胞の中でエネルギーを生み出す役割を担うようになり、やがて「ミトコンドリア」となりました。こうして、細胞内にミトコンドリアを備えた真核細胞(動物細胞)が誕生しました。
私たち人間の細胞の原型は、このときに形づくられたのです。
その後、一部の真核生物が光合成を行うシアノバクテリアを取り込み、それが「葉緑体」となりました。これが植物細胞の起源です。
この考え方を「細胞内共生説」といいます。
そして、約10億年前に多細胞生物が誕生しました。
人間は、多細胞からなる真核生物です。私たちの体は、およそ37兆個の真核細胞からできています。
私たちの体をつくる細胞は、このように微生物どうしの共生から始まったのです。

微生物と私たちの暮らし
人間と微生物は、共通の祖先をもち、私たちは微生物から進化してきました。
私たちの体を作る細胞も、酸素のある環境で生きられることも、もとは微生物同士の共生から始まっています。
微生物は、私たちのはるか遠い祖先であり、地球上で最も長い歴史をもつ生き物です。
そして、微生物との関係は、進化の歴史の中だけにとどまりません。
人間の暮らしの歴史の中にも、微生物は深く関わっています。
その代表的なものが「発酵」です。
発酵とは、「人間にとって有益な微生物の働き」のことをいいます。
顕微鏡が存在せず、微生物の存在を認識できなかった時代から、人々はその働きを経験的に理解し、暮らしの中に取り入れてきました。
発酵という微生物の働きによって、食品は長く保存できるようになり、調味料が生まれ、豊かな食文化が築かれていきました。
ここからは、私たちの暮らしの中で共に生きてきた、身近な発酵微生物の世界を見ていきましょう。
美味しさと保存性を高める乳酸菌
乳酸菌は、ヨーグルト、キムチ、ぬか漬け、味噌、醤油など、多くの発酵食品の中で働いている微生物です。
乳酸菌は、乳酸と呼ばれる酸味成分を生み出すことで、食品に美味しさをもたらし、保存性も高めてくれます。

ヨーグルトの中で生きる乳酸菌
乳酸菌と聞くと、ヨーグルトを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。
ヨーグルトを例に、その中で、乳酸菌がどのように生きているのかを見ていきましょう。
ヨーグルトの原材料は、牛乳と乳酸菌です。
牛乳の中に入った乳酸菌は、牛乳に含まれる糖分である「乳糖」をエサにし、酸素を使わない「乳酸発酵」という代謝によってエネルギーを得て増殖しています。
乳酸発酵の過程で作られた乳酸は、菌体の外へと排出されます。

この「乳酸発酵」とは、生物学的にはどのような現象なのでしょうか。
生物学的な「発酵とは何か?」
発酵という言葉には、日常的に使われる広い意味と、生物学の専門用語としての狭い意味があります。
ここでは、生物学的な意味での「発酵」について説明します。
発酵を理解するためには、まず生物がどのようにエネルギーを獲得しているのかを知る必要があります。
私たちが暮らす地球には、現在およそ190万種の生物(動物、植物、微生物)が生息しています。
この数は、「正式な名前である学名」が付けられた生物の数です。
まだ学名が付けられていないものや、未発見の生物を含めると、地球上には1,000万種以上の生物が存在すると推定されています。

人間を含む動物、昆虫、植物、微生物など、すべての生物には共通する特徴があります。
そのひとつが、「エネルギーを獲得して生きている」という点です。
人間は、生きるためのエネルギーを酸素を使った「呼吸(細胞呼吸)」という代謝によって得ています。
そのため、人間は酸素がない環境では生きていくことができません。
一方、乳酸菌は酸素を使わない「発酵」という代謝によってエネルギーを獲得しています。
そのため、酸素のない環境でも生きることができます。
発酵には、乳酸菌による「乳酸発酵」、酵母による「アルコール発酵」などがあります。
乳酸菌は、酸素がない環境を好みますが、実は酸素があっても生育できる微生物です。
乳酸菌のように、酸素があってもなくても生きられる微生物 を「通性嫌気性微生物」といいます。

乳酸発酵により保存性がUPする理由
では、乳酸菌が生み出す乳酸は、ヨーグルトにどのような変化をもたらしているのでしょうか。
乳酸はヨーグルトに爽やかな酸味を与えるだけでなく、周囲のpHを下げて酸性の環境を作ります。酸性の環境では、多くの腐敗菌や雑菌は増殖しにくくなります。
これにより食品の保存性が高まります。
さらに、乳酸には牛乳に含まれるたんぱく質「カゼイン」を固める働きがあります。
あの、とろりとしたヨーグルト特有の食感は、この作用によって生まれています。
ヨーグルトには、1グラムあたりおよそ1,000万個から10億個程度の乳酸菌が含まれているとされています。

乳酸菌の気持ち
乳酸菌は、エサが豊富で酸素の少ない牛乳の中で、乳酸発酵によってエネルギーを得ながら生きています。
その過程で生まれた乳酸を菌体の外に排出しているにすぎません。
しかし、その働きが結果としてヨーグルトを生み出し、人間の暮らしを支えてきました。
乳酸は、人間のために作られているわけではありません。
乳酸菌が自分自身のために行う発酵(乳酸発酵)という代謝の中で、自然に生まれる代謝産物なのです。
乳酸菌はただ、自分のために生きています。
しかし、その営みが、私たちの食卓を支えているのです。
人類との付き合いが長い乳酸菌
ヨーグルトは、紀元前5,000年頃にはすでに作られていたとされています。
容器に入れておいた乳に、環境中の乳酸菌が自然に混入し、偶然乳酸発酵が起こったと考えられています。
人々はその出来事をきっかけに、試行錯誤を重ねながらヨーグルトを作るようになりました。
当時は冷蔵技術がなく、乳は傷みやすい食品でした。
乳を少しでも長く保存できることは、昔の人々にとって生きるための大切な知恵だったのです。
ヨーグルトは牛乳だけでなく、羊(ひつじ)や山羊(やぎ)などの乳からも作られてきました。
こうして世界各地で、さまざまなヨーグルト文化が生まれていきました。

お腹の中にも乳酸菌は住んでいる
乳酸菌は人間の腸内にも生息しています。
「なんで腸内に住んでいるの?」と思われるかもしれませんが、腸内は酸素濃度が低く、乳酸菌のような酸素が嫌いな微生物にとっては居心地のよい場所なのです。
人間の体温は約37℃と安定しています。これは多くの腸内細菌にとって快適な温度帯です。
さらに、私たちが食事をするたびにエサが届くので、生き続けやすい環境が整っています。
私たちは、腸内で乳酸菌を「飼っている」ともいえます。
だからこそ、乳酸菌のエサとなる食物繊維やオリゴ糖などのプレバイオティクス食品を意識して取り入れることが、腸内環境を整え、健康を保つうえで大切なのです。
ちなみに、ヨーグルトづくりでは40℃前後が乳酸菌の増えやすい温度です。

乳酸菌は善玉菌
乳酸菌は腸内で人間にとって有益な働きをしてくれる、代表的な善玉菌のひとつです。
乳酸菌が作り出す乳酸により腸内のpHが下がり、悪玉菌が増殖しにくい環境になります。
その結果、腸内細菌のバランスが整い、腸の機能が正常に働くようになります。
腸内環境が整うことで、下痢や便秘、糞便の臭いなどの改善が見られることも報告されています。
そもそも乳酸菌って?
糖(ブドウ糖や乳糖)をエサにして分解し、その過程で乳酸を作り出す細菌のグループを乳酸菌と呼びます。
乳酸菌には多くの種類があり、400種類以上あります。
乳酸菌は一種類の菌を指す名前ではなく、「乳酸を作る」という共通した性質をもつ「仲間たち」の総称なのです。
乳酸菌は、核膜をもたないシンプルな原核細胞からなる単細胞の原核生物で、生物学的には「細菌」に分類されます。
乳酸菌は、酸素があるところでもないところでも生育できる、「通性嫌気性」の細菌です。
酸素が少ない、またはない環境の方が、より活発に働きやすいです。
乳酸菌は、人間や動物の腸内をはじめ、土壌や海洋中、樹液や花の蜜、野菜や果物の表面など、自然界のさまざまな場所に広く生息しています。

酸素があるところでは生きられないビフィズス菌
乳酸菌と同じく、腸内の代表的な善玉菌のひとつにビフィズス菌があります。
食物繊維やオリゴ糖などをエサにして、乳酸と酢酸をつくり出す細菌のグループです。
乳酸を作るところは共通していますが、生物学的には乳酸菌の仲間ではありません。
乳酸菌が作る乳酸や、ビフィズス菌が作る乳酸と酢酸によって、腸内は酸性に保たれ、悪玉菌が増えにくい環境が作られます。
私たちの健康は、腸内で働く乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌によって支えられています。
ビフィズス菌は、酸素があるところでは生育できない「偏性嫌気性」の細菌です。
そのため、自然環境中ではほとんど見つからず、主な住処は、人間と動物の腸内です。

人類にパンとビールをもたらした酵母
酵母は、日本酒やビール、ワインなどのお酒や、饅頭やパンづくりに欠かせない微生物です。
酵母は小麦粉をこねた生地の中に入ると、小麦粉に含まれる糖を食べながら二酸化炭素を生み出します。
その小さな泡が生地を膨らませ、饅頭やパンができあがります。
パンを主食とする国は、世界に数多くあります。
パンは単なる食べ物のひとつではなく、その国の食文化や人々の暮らしを支える大切な存在になっています。
酵母がブドウ果汁に入るとワインになり、蒸したお米と米麹からなる「もろみ」の中に入ると日本酒になります。
酵母は糖を食べながらアルコールも生み出しています。
世界各地には、その土地ごとのお酒があり、それぞれの風土や文化を映し出しています。
人類の歴史の中で、お酒は神と人とを結び、宴の場では人と人との心をつないできました。
人が集うところには、いつもお酒がありました。
酵母という目に見えない小さな微生物が、世界の食文化と精神文化を支えてきたのです。

パンの中で生きる酵母
酵母は人間と同じく、真核細胞からなる真核生物で、細胞の中にミトコンドリアを持っています。
人間は多細胞生物ですが、酵母は一つの細胞からできている単細胞生物です。
酸素がある環境では、人間と同じように呼吸(細胞呼吸)を行い、エネルギーを得て増殖しています。
酸素が少ない環境ではアルコール発酵に切り替え、酸素を使わずにエネルギーを獲得しています。
このように酵母は、酸素があってもなくても生きられる「通性嫌気性」の微生物です。

パンづくりを例に、その中で、酵母はどのように生きているのかを見ていきましょう。
パンづくりでは、小麦粉に砂糖と塩、ドライイースト(酵母)などを加えてよくこね、生地の温度が30℃前後になるように温度調節を行います。
この温度は酵母がもっとも元気に働きやすい環境です。
生地はよく膨らみ、柔らかさも生まれます。
生地の中には、酵母のエサとなる小麦粉や砂糖に含まれる糖分があり、酸素はほとんどありません。
そのため酵母はアルコール発酵を行い、酸素を使わずにエネルギーを得ながら増殖しています。
その過程で生まれたアルコールと二酸化炭素を体外に排出しています。
パンがふくらむのは、酵母が生み出した二酸化炭素のおかげです。
焼く過程でアルコールは揮発するため、子どもでも安心して食べることができます。
ふっくらとしたパンができるのは、パンの中で生きている酵母のおかげなのです。

発酵の語源
発酵は英語で「fermentation(ファーメンテーション)」といいます。
この言葉は、ラテン語で「沸き立つ」を意味する「fervere(フェルヴェレ)」を語源としています。
お酒が生まれる発酵の過程では、液体がプクプクと泡立つ様子が見られます。
この様子から「沸き立つ」という意味の言葉が当てられたと考えられています。
そのため、発酵食品の起源はお酒、アルコールだったのではないかと考えられています。
ビールのシュワシュワとした泡も、酵母が糖を分解するアルコール発酵の過程で生み出す二酸化炭素によるものです。
人間と酵母の共生の歴史
現在、最古のお酒の痕跡とされているのは、紀元前7000年頃の中国・賈湖遺跡(かこいせき)から見つかった壺です。その壺からは、米や果実、蜂蜜を原料としたお酒の痕跡が確認されています。
ジョージアはワインの起源の地とされ、紀元前6000年頃にはすでにワイン造りが行われていたことが、土器の痕跡から明らかになっています。
日本でも、長野県の井戸尻遺跡(縄文時代中期の遺跡)から、お酒造りに使われていたとされる土器が発見されています。
土器の内側には山葡萄の種子が付着していたことから、縄文時代中期(およそ紀元前4000年頃)には山葡萄や野苺などの果実からお酒を作っていたと考えられています。
また、お酒の起源は「猿酒」ともいわれています。
猿が集めた果実を木のくぼみに蓄えておいたところ、自然とアルコール発酵が起きた、という説です。
果実の表面には酵母が付着しています。
果実が潰れて果汁になると、酵母はその中に含まれる糖分をエネルギー源として、アルコール発酵を始めます。
日本なら日本酒、ドイツならビール、フランスならワイン。
それぞれのお酒は国の食文化を象徴する存在となり、人々の暮らしと密接に関わってきたことがうかがえます。
お酒の歴史は、人間と酵母の共生の歴史でもあります。
目に見えない酵母の働きが、国ごとの文化や暮らしを形づくってきたのです。

そもそも酵母って何?
酵母とは、1つの細胞でできている単細胞生物で、「真菌類(カビやキノコの仲間)」の一種です。
酵母の数は1300種以上存在するといわれていますが、食品に利用されているのは数種です。
一般に「酵母」といった場合、多くはパンやお酒づくりに使われる「サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)」をさすことが多いです。
酵母は、果物や樹液など、糖分の多い場所を好んで生息しています。
また、空気中や土壌、さらには海水の中からも見つかっており、自然界のさまざまな場所に広く存在しています。

酵母と言えば「サッカロマイセス・セレビシエ」
酵母の中で、食品づくりに利用されている最も有名な種が「サッカロマイセス・セレビシエ」です。
これは世界共通で使われている学名(名前)で、人間でいう「ホモ・サピエンス」にあたります。
サッカロマイセスセレビシエは酵母の一種の学名であり、人間は「ホモ・サピエンス」という学名です。
人間には、運動が得意な子や勉強が得意な子がいるように、酵母にもそれぞれ個性があります。
同じサッカロマイセス・セレビシエでも、個性の違いによって、パン酵母、ビール酵母、清酒酵母、ワイン酵母などに分けられています。
パンをふんわり膨らませるのが得意なもの。
お酒を香り高く仕上げるのが得意なもの。
ワインに適した発酵を行うもの。
目的に合わせて、最適な酵母が選ばれています。
酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)の「個性」が、パンやお酒の味わいを作っています。

日本人の味覚を育てた麹菌
麹菌は、甘酒や味噌、醤油、日本酒、米酢、本みりんなど、日本の伝統的な発酵食品を作るのに欠かせない微生物です。
日本人の食文化である和食は、日本の伝統的な発酵食品に支えられています。
例えば、寿司に欠かせない米酢や醤油。
お蕎麦のつゆに使われる醤油や本みりん。
毎日の食卓に並ぶ味噌汁など。
私たちが「おいしい」と感じる味わいの多くは、麹菌の働きによって生み出されています。
麹菌は、日本人の味覚を育ててきた存在なのです。

お米の上で生きる麹菌
甘酒や味噌、日本酒などの伝統的な発酵食品は、「麹」を原材料にしてつくられています。
麹とは、穀物(お米・大豆・小麦など)に麹菌を繁殖させたもののことをいいます。
一般的に「麹」と言うと、米麹を指すことが多いです。
麹づくりを通して、麹菌がお米の上でどのように生きているのかを見ていきましょう。
麹づくりでは、まずお米を蒸します。
麹菌はカビの一種で、湿度が高く、温かい環境を好む微生物です。
お米を蒸すことで、麹菌が繁殖しやすい適度な水分量になります。
また、蒸す過程でお米のデンプンは「α化(アルファ化)」し、麹菌が分泌する酵素によって分解されやすい状態になります。
蒸したお米を45℃以下まで冷ましたら、「種麹」をふりかけます。
種麹とは、麹菌の胞子のことです。
麹菌の「種」にあたるもので、ここから発芽して、菌糸が伸びていきます。
胞子は蒸したお米に付着し、保湿、保温された環境の中で発芽します。
麹菌にとって心地よい環境(30~40℃)で保温すると、胞子は芽を出し(発芽)、「菌糸」と呼ばれる糸状のからだを伸ばしはじめます。
麹菌は、この菌糸を伸ばしながらお米の表面に広がり、繁殖していきます。
麹が白く見えるのは、この菌糸がお米の表面にびっしりと張り巡らされているからです。
麹菌は、酸素を必要とする「好気性」の微生物です。
人間と同じように呼吸をしながら生きており、酸素が不足すると生育できなくなります。
そのため、麹づくりでは温度・湿度に加えて、酸素の供給にも気を配りながら、こまめに手入れを行います。
こうして種麹をふりかけてから約48時間をかけて、蒸したお米はゆっくりと米麹へと変わっていきます。

麹菌はどうやって栄養を取り込むの?
お米の上で育つ麹菌は、どのようにして栄養を取り込んでいるのでしょうか。
麹菌は、菌糸の先端から「酵素」という物質を分泌します。
この酵素が、お米に含まれるデンプンやタンパク質を分解します。
酵素は、大きな分子を小さく切り分ける「ハサミ」のような働きをします。
お米のタンパク質は、プロテアーゼという酵素によってアミノ酸へ。
お米のデンプンは、アミラーゼという酵素によってブドウ糖へと分解されます。
こうして小さくなったブドウ糖やアミノ酸を、麹菌は自分の栄養として取り込み、成長していきます。
麹の役割は「酵素の利用」
米麹の中に酵素が蓄積されているのは、麹菌が自分の生命活動のために酵素を分泌してきたからです。
そのため、麹づくりとは、麹菌に元気に育ってもらい、酵素を十分に生み出してもらう工程ともいえます。
米麹の中には、
・デンプンを糖に変える酵素(アミラーゼ)
・タンパク質をアミノ酸に分解する酵素(プロテアーゼ)
などが蓄積されています。
甘酒のやさしい甘さや、味噌の深い旨味は、こうした酵素の働きによって生まれます。
麹菌が生み出した酵素の働きを利用して、日本の伝統的な発酵食品は生み出されています。
さらに麹菌は、成長の過程でビタミンB群などの栄養素も生み出しています。
日本酒は、麹菌・乳酸菌・酵母のチームワークから生まれる
日本酒は、米麹と蒸したお米を原材料にして作られます。
麹菌・乳酸菌・酵母という三つの微生物が、それぞれの役割を果たしながら、チームのように連携して働いています。
まずは麹菌の活躍です。
米麹に含まれる酵素が、米麹自身と蒸したお米のデンプンをブドウ糖へと分解します。
このブドウ糖は、乳酸菌と酵母のエサになります。
麹菌の酵素の働きがなければ、乳酸菌も酵母もエサがないため増殖できません。
次に活躍するのが乳酸菌です。
乳酸菌は、麹菌の酵素により分解されたブドウ糖をエサに増殖します。
乳酸菌は乳酸を作り、日本酒づくりの最初の発酵段階である酒母(しゅぼ)を酸性にすることで、雑菌が増えにくい環境を整えます。
乳酸菌は、乳酸発酵して自身のエネルギーを獲得しているだけですが、結果として「酵母が安心して働ける環境」を整えています。
最後に登場するのが酵母です。
酵母はブドウ糖をエサにアルコール発酵をして、アルコールと二酸化炭素を生み出します。
もろみ(蒸した米・米麹・水・酒母を合わせた、発酵中の状態)の中でプクプクと泡が立つのは、酵母が生み出した二酸化炭素によるものです。
こうして三者のチームワークにより、日本酒が造られています。

そもそも麹菌って何?
麹菌とは、「真菌類」と呼ばれるカビやキノコ、酵母と同じグループに属するカビの一種です。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
麹菌は日本で育まれてきた
乳酸菌はヨーグルトやチーズ、キムチやザワークラフトなどに、酵母はパンやビールなどに利用され、世界各地の発酵食品づくりに広く利用されてきた微生物です。
一方、麹菌(アスペルギルス・オリゼ)は、主に日本の発酵食品づくりに利用されてきたカビの一種です。
麹菌はカビの仲間であり、高温多湿の環境でよく生育します。
そのため、湿気が高く温かい気候の日本は、麹菌が生息するのに適した環境になります。
奈良時代の715年頃に編纂された『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』には、日本で初めて米麹を使って日本酒を造ったとされる記述があります。
そこには、「神様にお供えしたご飯が濡れてカビが生えてきたので、それでお酒を作り、神様に献上して酒宴を行った。」書かれています。
その後、室町時代には「種麹(たねこうじ)」を製造・販売する種麹屋が出現し、それにより安定した麹づくりが可能になりました。
アスペルギルス属の中には、アフラトキシンと呼ばれる毒素を産出するものがありますが、それを産生しない安全な株が利用されて、それが引き継がれてきました。
麹菌はDNA解析により、アフラトキシンを産出しないことがわかっていますが、麹菌の安全性は1000年以上も前から人々の食経験により証明されています。
こうした人と麹菌との関わりの歴史の中から、味噌、醤油、日本酒、みりん、甘酒といった伝統的な発酵食品が生まれてきました。
日本の食文化は、麹菌との長い共生の歴史の上に成り立っているのです。
最後に
今この瞬間も、私たちの腸の中では乳酸菌やビフィズス菌が働き、健康を支えてくれています。
一日の仕事終わりのビールを楽しみにしている人は多いでしょう。
麹菌(アスペルギルス・オリゼー)がいなければ、日本の食文化は今とはまったく違う姿になっていたかもしれません。
私たちは気づかないうちに微生物の恩恵を受け、また微生物も人間の暮らしの中で生きています。
人間の生存や生活は、人間だけで成り立っているのではなく、目には見えない小さな微生物の働きを借りています。
目には見えない微生物も、人間と同じように生命活動を営みながら、この世界の一部として存在しています。
人間の健康や暮らしを、微生物も含めた視点で見つめてみると、これまで気づかなかったことが見えてくるかもしれません。
この記事が、私たちの暮らしを新たな視点で見つめるきっかけとなれば幸いです。
長いブログを読んで頂き、ありがとうございました。
参考文献
●浅島誠・長谷川眞理子 ほか49名(著作者)『生物(高等学校理科用 文部科学省検定済教科書)』東京書籍株式会社、令和7年2月10日発行
●NHKスペシャル 超・進化論
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009051507_00000
●「文部科学省 科学技術・学術政策研究所【公式】」(チャンネル名)「【講演会】真核生物誕生の謎に迫る:海底アーキアの培養と新しい真核生物誕生モデルの提案(井町寛之氏・延優氏)ナイスステップな研究者2021講演会【第二回③】」(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=AaDx3uQsd7M
●田近栄一(監修)『文系のための めっちゃやさしい 地球46億年』株式会社ニュートンプレス、2022年6月20日
●北原義昭・菅澤紀生(監修者)『みんなが知りたい!「地球のしくみ」と「環境問題」地球で起きていることがわかる本』メイツ出版株式会社、2022年6月20日
●佐々木泰子(監修)『菌の絵本 にゅうさん菌』一般社団法人 農村漁村文化協会、2018年12月25日第1刷発行
●日本乳酸菌学会(編者)『みんなが知りたいシリーズ⑭ 乳酸菌の疑問50』株式会社 成山堂書店(発行所)、2020年6月28日初版発行
●中島春紫(著者)『日本の伝統 発酵の科学』株式会社講談社、2019年8月5日第5刷発行
●浜本牧子(監修)『菌の絵本 こうぼ』一般社団法人 農村漁村文化協会、2019年3月5日第1刷発行
●中島春紫(著者)『みながら学習 調べてなっとく ずかん はたらく微生物』株式会社技術評論社、2022年5月21日初版 第1刷発行
●北垣浩志(監修)『菌の絵本 こうじ菌』一般社団法人 農村漁村文化協会、2018年3月15日第1刷発行


